いのち、ってなんだろう

考えつづけなくてはならないこと

 

「透明なゆりかご」というドラマが再放送されてますね。リアルタイムで観られなかったのが非常に残念だったので、再放送、嬉しいです。

17歳という多感な年頃の女の子が、看護師見習いとして産婦人科で働きながら、さまざまな「いのち」に触れ、考えを巡らせ、心を揺らし成長していく過程が描かれています。

私も、この主人公の女の子の気持ちと同じように、(かなり大きく)心を揺らしながら、かつて自分がこの女の子と同じ歳の頃に体験したことや、妊婦さんに対する憧れ、不妊治療のために婦人科に通った頃のこととか、逆に子供なんか絶対いらないと震えてたこととか、ゆっくりと確実に変わっていく女性の身体についてとか、医療のこととか…いろーんなことを思い出しつつ、アレコレ考えを巡らせながらドラマと一緒に「いのちってなんだろうね」と考えてます。

 

いつか原作の漫画も読んでみたいなぁ。

 

 

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クリムトの「女の三世代」。今回のクリムト展図録表紙です。

 

8月という、この暦が余計に「いのち」について考えなくては、という気持ちにさせるのかもしれません。

 

 

「私を諦めない」という生き方

 

前回、

体の奥にある秘密の部屋 という記事を書きました。ほんとうは、「膣の奥にある・・・」って書こうとしたのだけど、ツイッターに「膣」って載せたら消されちゃったらどうしようとか思って(考え過ぎなのだろうけれどw「体の奥の…」というタイトルにしました。たくさんの方に興味を持っていただけたようで嬉しかったです。

 

身体や子宮に刻まれた過去の痛みやトラウマを、どうして癒す必要があるか?といえば、それは、自分自身の人生を納得できるものにするためではないかな、と思ってます。

 

私たちの力は、意識を向けた方へ流れていきます。

人の使える力が常に‘100’あると考えたとき、たとえば、人に気を遣い過ぎていたり、依存し過ぎていたり、大切な人の期待に応えなきゃ、と思ったり。それが意識的であれ無意識的であれ、その分、その力はそのことで消耗されてしまいます。

 

ゲームに出てくるキャラクターの、元気のバロメーターがグググーっと100から50くらいまで下がってるイメージといえばわかりやすいでしょうか。

 

でも、とはいえ、人のことを全く気にしない人って、あまりいないんじゃないかと思います。どうしたって、人と自分を比べてしまうこともあるでしょうし、SNSがこれだけ発達した今ですから、人の意見も気になる。それはある程度仕方がないかな、と思うけれど、明らかに自分はエネルギー不足だ、と感じる人は、せめてSNSを見ない日を作ることは自分の力を取り戻すために有効だと思います。

 

身体にとって体幹が大切なように、心にも体幹があり(心幹、かな?いわゆる自分軸ですね)、自分で使える力がある程度満ちていていれば、人や物に意識を向けすぎてしまっていてもすぐに気が付き、意識を自分の方へ戻すことができます。

 

そして、人との健全な関係も築けるようになります。

 

 何が原因で力が足りてないの?を探り、心幹を作るのがヒーリングの役目です。

  

この間、「重版出来」というドラマを観ていて(私のドラマ大好きっぷりが隠しきれない)、そのドラマの中で、オワコン(終わったコンテンツ)とかつて揶揄されたことがあるベテラン漫画家が「私は私を諦めない!!」と若い人たちに向けてその意気込みを宣言する姿にいたく感動しました。

 

いいですよね。

私を諦めない」というコトバ。

 

納得できない、理不尽なできごともたくさんあって、でも、それでも「生きていく」という気持ちを私は応援したいし、心が折れてしまいそうな人の、せめて、疲れてしまった羽を休めるための止まり木になれたら、と思ってます。

 

 使い果たせ、今生のすべて。

 

心幹をつくる。

子宮に、そして地球に癒しを。