生理痛、のつづき

痛みの原因はいろいろ

 

前回、生理痛について書きました。

痛みは、ほんとうに辛いものです。痛みの自己主張ってとても激しい。

痛みについては誰にでも経験があるけど人と比べることはできないし、他人の痛みを完全に理解することも、自分の痛みを他人に完全に理解してもらうこともできません。

でも、だからこそ、(緩和ケアが必要なほどの激痛は別としても、医学では説明しきれない「疼き」のようなやるせない痛みに対しては)せめて自分自身はその痛みから目を背けずに対処しなくてはならないことなんじゃないか、と思うのです。お薬で対処すること以外に、他にも出来ることがあるのではないかな、という話を前回からしています。

 

私のことを話すと、生理痛に関してはわりとキツイ方だったのでは、と思います。お薬をやめてみて、でもそうしたら動けなくなっちゃって。

さてどうしよう…と悩んだのが7、8年前。そして、3年前に外に出られない程に大量出血しまして(これは焦った)、もともと、子宮筋腫もあったし内膜症もあると言われていたから、まぁ、そういうこともあるかもしれん、と婦人科へ行ったら、「無排卵での月経だから出血が多くなったのでは」と言われ、貧血もあったので鉄剤をいただくも、今は鉄剤じゃないよなぁ、と。これをきっかけに忍び寄る更年期の足音が聞こえたような気もして、鍼灸やら整体やらいろいろ試して生活改善も心掛けてみたところ、自分に合っていたのは、早めの睡眠と漢方を出してくれる内科医でした。

 

(お爺ちゃん先生なんだけど、なんとその先生、ペンデュラムを使って診断します。そして治療も内科医とは思えない方法を使うんですが気功もされていて手を当ててもらうだけでも相当気持ちよいです。ご興味ある方は私に直接聞いてくださいね)

 

そこで毎月治療をしてもらって漢方薬飲んで、そして眠りに就く時間を見直して。だいぶ良くなったけれど、痛みそのものが完全に消えることはなくって、調子の良い月もあれば、やっぱり寝込んでしまう月もあるような不安定な状態が続きました。その先生のところへ通い出してから半年くらい経ったある日のこと、先生が「身体は良くなったよ。もう大丈夫(と、ペンデュラムが言っている)」とおっしゃる。

いやいやいやいやいや(゚Д゚≡゚︎Д゚)、先生、確かに調子の良い時もあるけど治ってないよ!?と、思いつつ、「身体は」という先生の言葉で、あーそーか、あとは内側の問題か…と、ヒーラーらしからぬ今更?の気づき(苦笑)。言い訳じゃないけれど、昔から馴染みのある生理痛に心因的要因と結びつけることが難しかったというか…うーん、言い訳だな(笑)。

でも、気付きましたからね。それから、自分にヒーリング。ちょうどそのときは子宮ヒーリングを習得した頃でしたから生理痛にも少しフォーカシングして…というよりはヒーリングが面白くて自分にトライしていたのでした。「ま、気長にやってこ」と思ってましたが、2回ほど時間をとってヒーリングをした後の次の生理。「あら?動ける・・・」「というか、痛くない?」となり、その次の生理も「あら?なんか大丈夫」となり、その次も・・・。

 

なんと…

わりとあっさりと、呆気なく、

生理痛、なくなってしまいました。

自分でもビックリですよ。

 

身体と心は繋がってるとはいえ、確実に治していくためには、その両方からのアプローチがこの体験からも必要かなと思っています。

 

こんなこと書いている現在の私ですが、つい最近の新月の日の夜に生理が来て、このときの生理が痛かった・・・。久々の痛みにびっくりするやら落ち込むやらT_T

おやおやおや・・・とひとまずその状況を受け入れて自分の内側を解いていきます。原因はほぼ毎日3時4時就寝という夜更かしと、あと、内側に一個課題があったようで、深い部分での納得が起きたらすぅ〜っと痛みレベルが下がって来たので、まぁ、たぶん、来月は大丈夫と思っているんだけれども。はてさて、 いかに(笑)

 

さて、いかに、と書きながらほぼ心配していないでいられるのは、なにも自分にはヒーリングがあるから余裕を感じているというわけではぜんぜんなくって、「深い部分で納得して安心を得た結果、痛みが消えた」という経験があるからなのです。

 

安心は「痛み」の特効薬ではないかと。 

 

お薬に関しては全面的にダメ、とも思っているわけではなくて、それは例えば、今日はどうしてもデートを楽しみたい!とか、パーティーがあるといったような、そういうハレの日。そういった非日常を楽しむことって素敵なことだから、使ったらいいと思うんです。お守りみたいに持っていてもいいし。ただ、日常使いしてしまうと負のスパイラルになっていくから気をつけて欲しいということです。

月に一回や二回を日常使いだと思わないという方も少なくないのではないでしょうか?生理の度にお薬を使っているのならば、それはやっぱり日常使いです。身体が助けて、を叫び続けている。そういうことに気づいて欲しいなと思います。

 

ピルについても、例えば妊娠が怖くて利用することもあると思います。でも飲んでいてもその「怖さ」はなくならない…。

その「怖い」はどこからやってくるのかな、どうして怖がってるのかな。

その感情の根っこの部分を深い部分で受け入れてく。

勇気のいることのように感じるかもしれないけれど、受け入れるときに、その痛みをじっくり見つめる必要や再現する必要はなく、そして、言葉でその傷を分析する必要もなく、深い部分で納得することで得られる安心感を体感することは、これからの自信に繋がってゆきます。

自分と向き合おうとする勇気は、必ずあなたの癒しになり、そしてその経験は自分の強みに変えられるかもしれないという可能性を秘めている。

 

向き合うことを避けて、過去になってはいない記憶の中を無意識に生きるということは、その記憶の物語を再生するような状況になりかねない。だから、どんどん自分を更新していく。

 

更新していけばいくほどに、自分の中心がしっかりとしていき、自分自身を生きる楽しみみたいなものを感じていくことが、この地球で生きていくことの醍醐味なんじゃないかなーって思います。

 

痛みに悩む全ての方がお薬を安易に飲んでいる訳ではないことは、私にもわかっています。「飲まずに済めばいいとは百も承知、でも・・・」という気持ち。

 

お薬を飲んでまでなんとか頑張ろうとしていることの理由の一つに、今の男性社会について考えることは不可欠ではないかと思っています。

 

蔑まされていた女性性の歴史。傷付き、それを受け入れざるを得なかった時代を経て、女性が男性社会にノーを突き付けて張り合うようにして仕事をしてみるという経験は必要だったと思うし、そういった強い意識が少しずつ時代を動かして今があると思っています。

 

今、現在の私たちは、《もう張り合う必要はないのだ》と感じている女性が増えているように思います。

 

女性の身体を持つ私たちが、私たちを大事にすること。

 

男性社会の中で生きづらさを感じている男性もたくさんいて、そして、近い将来、このカテゴライズも淡くなっていくかもしれなく、そうなっていくためのキッカケは女性が女性の身体を尊重するところから始まっていく…

 

 

なんだか演説みたいになってきたような(笑)?そして、文章長いよ!じぶん!( ・ὢ・ ) ムムッ…

 

まずは自分を大事にしましょうね、と言いたいのでした٩( ´◡︎` )( ´◡︎` )۶

 

 

最近、昔のことをふと思い出す時間が増えていて、毎日飽きずに聴いていた音楽を眠る前に聴くという数日が続いています。

 

大好きなモンポウの“内なる印象”


Federico Mompou "Impresiones Intimas" (Luis Angel Martínez - Piano)