感情の根っこを見つける

自分の感情(反応)は心の鍵

 

もやっとした嫌な感情や、考えるのをやめることが難しい感情には、たとえば「イライラ」「ムカムカ」のようなものから、もう少し具体的な「罪悪感」「焦り」「不安感」「怒り」「妬み」・・・などがあります。

 

これらは大体が何か事件が起きたときにとりあえず付けられた感情の名前であって、ほんとうはその奥に隠された根っこになっている、別の名前の感情があることが殆どです。

 

それは、透視リーディングをしていると、表向きの感情とその奥にある感情を並べてお伝えすることが多々あるのでそんなふうに感じているのですけれど、その奥にある感情を「受け入れる」ということが難しいと感じている人も少なくないのです。

 

認めない、受け入れないということは、かえって痛みを伴います。それは自分を否定することに他ならないからですが、

 

例えば…

 

小さい女の子がママに甘えたくて「抱っこして〜」と言ったとします。

でもその子はママから「もうお姉ちゃんなんだから頑張って歩きなさい!」と怒られたとしましょう。

こんな経験から大きくなったこの女の子は自分の子供にはうんと甘えさせてあげようと考えます。

ですが、実際にする子育ては大変で身体もキツく、甘えてくる子供につい辛く当たってしまったとします。

 

ここで涌き上がってくる最初の感情は「罪悪感」です。どうして私はもっとちゃんと子供に優しくできないのだろう?寂しい思いをさせてしまった、どうしよう・・・。

 

ですが、この「罪悪感」は二次的なものです。

 

その根っこにあるもの。

 

それは、幼い頃に甘えられなくて「さみしい」気持ちかもしれないし、若しくは、ぞんざいに扱われた感じがして「悲しい」かもしれない、「くやしい」かもしれない。

 

根っこにある感情を無視して「罪悪感」から逃れようとしてもうまくいかないのです。(ちなみに、大体の「罪悪感」は二次的なものではないかな、と思っています)

 

 パッと出て来た自分の感情や反応は、その奥にある何かを、ゆるめる、解く(ほどく)チャンスです。ハートの奥の光の中で、ゆっくりと、その根っこを解いていき、その「悲しい」「くやしい」に光を当てて受け入れると「罪悪感」という二次的な感情はもうなかったものとなるからです。

 

罪悪感から解放されれば、良い解決策を見つけよう、自分にも子供にも良い方法があるはずだ、という前向きな気持ちに変わります(例はフィクションです。実際はもうちょっと複雑に入り組んでいたりもしますが、解いていくごとにシンプルな感情が見えてきます)。

 

 

受け入れる、というのは、意識する、ということです。

 

 

自分の意識の中にないものはコントロールできませんが、意識ができるようになると「悲しかった」という事実は残っていても、その感情は過去のものとして区別できるようになり、二次的な感情を生み出すことはなくなっていきます。

 

 事件がが起きて、もやっとした、抑えられない感情がわいてきた、という自分の反応を見過ごさないためにも、自分に注目することが大切ではないかなぁ〜と思います。

 

徹底的に、自分を“軸”とするのです。

 

相手が悪い、あの人がこんな気持ちにさせた、という思いはグルグルと頭を巡って心を息苦しくさせます。

 

 自分の気持ちを紐解くのは簡単じゃないですね。向き合うのにもエネルギーが必要です。

 

そういった、一人で向き合うことが難しいときに、私にお手伝いさせてもらえたら嬉しいな、と思っています^^

 

補助輪を外してすぐには乗りこなせない自転車でも、少し練習すると感覚を掴んで誰もが漕げるようになるように、いずれ、ご自分で紐解いていけるようになっていきますから。

 

 

ご自分の感情に、たっぷりの愛情と、責任を。

 

 

 

 

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